2011年11月30日

61 (追加)月島再開発=その2。月島一丁目で進む新たな再開発。あの祠は帰ってくるのだろうか

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 月島を離れてもう9か月になるのだが、なじみの理髪店にはわざわざ通っている。そうしてたまに月島界隈を歩こうと思ったのだが、いつも地下鉄の駅と理髪店の往復だけで終わっていた。
 11月末にきた「ブログレポート/10月分≪後編≫」では、「過去3カ月間でアクセス数の多い記事ベスト3」の“1位”が、意外にもなんと「14 月島の大規模再開発。昔「東京エースレーン」というボウリング場があったところが…」(2011-01-21 記)であった。
 この項もそうだが、「月島界隈」は全部が個人的な備忘録のようなもので、なにも重要なことや話題性があるような内容ではまったくない。
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 それとベスト3には入っていなかったが、これと同様にやはり前々から「なんでアクセス数が多いんだろう?」と疑問に思っていたのが、「31 月島一丁目でまた再開発。じわじわと消えていく運命にある月島の長屋と路地は」(2011-02-07 記)の項である。
 この項については、11月の9日に、路じうら小僧さんからいただいたコメントで、月島一丁目でここに書いたのとは別の再開発プロジェクトが動き出したことを知った。
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 路じうら小僧さんもそうであったように、この新しい一丁目再開発計画について知りたい人が、検索でこの二つの項目に辿り着いた、そのためにアクセス数が多くなっていたのだろう。
 そうだとすると、これらの二項目はそれ以前に書いたものなので、探してきてみたけど内容はなにも知りたいことには応えていなかったことになり、申し訳ないことだった。
 理髪店の主人とのとりとめのない(しかしあまり立ち入らない)ご近所話…。
 ところで、晴海大橋の袂に、新しい高層マンションができ、石川某という若いプロゴルファーがその宣伝をしているよね。あそこ辺だと日常の買い物はどうすんでしょうね、晴海トリトンでは間に合わないから豊洲まで行くのかなあ。いや、勝どきのツインタワーのように、マルエツでも入るんじゃないですか。広域避難場所に開放するようにはなっているのかねえ。
 そういえば、月島機械さんが佃をたたんで晴海に移転すると、近所の町内会なんかにはご挨拶があったそうですよ。へー、あそこは四丁目にも分室があったけど、あれはどうすんでしょうね。月島機械が佃機械になって、今度は晴海機械かあ。最初は、この月島第一小学校のところにあったんですよ。
 へー、そうだったのか。それは、知っていたような知らなかったような。書いたような書かなかったような…。
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 そうそう、一丁目で新しい開発が始まったんですか。もう取り壊し終わってますよ。サマリア病院のとこだけまだ残っていますけどね。あそこも取り壊して、なんでも53階かなにかの高層と中低層の二棟できるらしいですよ。病院はそっちのほうに入るんでしょうかね。
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 じゃ、同じ一丁目でもフジマートの裏のとこはどうなったんですか。あそこは、立ち退きがまだ遅れているのか、あのままのようですよ。エースレーンの跡地もそのままですし…。
 帰りに、ひさしぶりに有楽町線の月島駅まで歩いて行くと、大きく広い白い壁が、タイルの歩道からきっちりとめぐらされていた。「清水建設」とデベロッパーの名が記されている。
 中央サマリア病院の前後、現在の塀の写真(横位置)と、昔の写真(縦位置)を並べてみたが、とくに場所を限定して対比しているわけではない。
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 ちょうどこの再開発区域の南端の角には、めし屋があって、その角に小さなお稲荷さんかなにかの祠があった。このめし屋の外壁も祠も、何年か前に新しく模様替えしたはずであるが、そのどちらももうない。
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 祠のあった角だけ、緑のテープを巻いた柱があってちょっと囲いが残してあるようなのだが、高層マンションができても、あの祠はまたもっと立派になって帰ってくるのだろうか。この信号のところには、よく移動式の八百屋さんが車の荷台に野菜や果物の箱を積んで店開きをしていたが、この日も同じように店開きをしていた。
 祠の角から南の、フジマートやお風呂屋さんか旅館だったようなどこかの宗教の教会のあるブロックは、この開発からは外れている。清水建設は、まだここにどういうものができるのか、その姿を見えるように示してはいないようだが、いずれ販売業者が入るとこの白い塀に情報が示されるのだろう。晴海通りにまた新たな高層マンションができると、月島のイメージは随分変わっていくだろう。
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 路じうら小僧さんのコメントにもあったが、アイマークタワーのいくらかは、ここに新しく立つ高層マンションによって日陰になってしまう可能性もある。月島で最初(だったと思う)の高層マンションができるときにも、その北西側に隣接して日陰になる保育園のこどもたちの保護者などによる反対運動があった。どういう配慮がされたのか知らないが、とにかくアイマークタワーはできた。そして、今度はその住人が日照権だとかいって文句をつける。
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 そういうことを、何度も何度も繰り返しながら、月島もいつかはマンハッタンのようになっていくのだろうか。
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dendenmushi.gif(2011/11/30 記)

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2011年06月01日

番外:【月島界隈】01〜60■Link List

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 2011/01から05まで、短期集中連載が完了しました。カテゴリや検索で探すのは、一覧性がなくて不便につき、リンクボタンつき全項目リストを掲載しました。

01 月島川の朝。今朝もまたいつもの朝と同じようにして 2011/01//08
02 月島川緑の散歩道(南東側)。運河の岸に沿って細長い遊歩道がある
03 清澄通り。月島の中心を貫く4車線の広い道を初めて歩いたのはもうかれこれ…
04 月島橋。清澄通りが渡るこの下を都営地下鉄大江戸線が走っている
05 大震災の慰霊碑。橋の袂でひっそりと「横死」の二文字がとくに胸を打つ
06 月島川。北西の隅田川と南東の朝潮運河を結ぶ運河はサクラの季節もいい
07 遊歩道の南西側。月島橋から西寄りには両岸に散歩道があり親水護岸になっている
08 千羽丸。毎日お仕事に出かけて行く船たちは中央区土木部と関係があるのだろうか
09 月島の歴史=その1。月島一号地ができる前はここら一帯は浅瀬の広がる海でした
10 月島の歴史=その2。月島の築島はこうして始まりこうしてできたが初めのうちは…
11 西仲橋。月島と勝どきを結ぶもうひとつの橋はもんじゃ通りの南の端の橋
12 ご存知屋形船。月島川には金子丸・あら川丸・佃折本などと屋形船の乗り場もある
13 月島川水門。ここで隅田川とつながっている狭き門のところまでが「月島一号地」
14 月島の大規模再開発。昔「東京エースレーン」というボウリング場があったところが…
15 わたし児童遊園。「わたし、あなた」じゃなくて「月島の渡し」があったところ
16 隅田川。月島が造成されたことで隅田川も下流に向かって延長されていったわけで
17 月島の歴史=その3。渡しから橋へ月島がつながるのは明治36年の相生橋が最初
18 サンシティ銀座EAST 。これがあの“エアロール”なのか“高齢者マンション”という名の…
19 月島第一小学校前バス停。清澄通りの南交差点にできた手拭い屋さんの佇まい
20 月島第一小学校。100年を超える歴史をもつこの小学校では6年生より1年生のほうがだいぶ多い
21 晴月橋。晴海と月島を結ぶ橋だから晴月(せいげつ)橋というわけだが船はいなくなった
22 月島四丁目バス停。狭い一方通行の通りの周囲は比較的古いマンションが多くて
23 朝潮橋。月島と晴海を結ぶもうひとつの橋を渡ると幼稚園から老人ホームまでが揃っている
24 朝潮橋西詰にあるお堂。神社でもなくお寺でもなく名もなくいわれや由緒を知る人もない
25 再び月島四丁目バス停。でんでんむしがバスにこだわるにはワケがあるといっても格別なことじゃない
26 月島第一公園。なんとなく違和感のぬぐい切れない公園の典型のような気もする
27 月島区民センターにある月島図書館。ここは石田衣良の“ご当地小説”の舞台でもある
28 月島の中心と三丁目バス停。月島に縁のあった人や月島を書いた人を「探見」したページを発見
29 地下鉄月島駅地下通路。L字型地下道の10番出入口は駅からいちばん遠く離れて
30 マテバシイの並木とフジマート。短いけどめずらしい並木の横の食品スーパーは日曜日大人気
31 月島一丁目でまた再開発。じわじわと消えていく運命にある月島の長屋と路地は
32 旧月島警察署西仲通交番。現在は地域安全センターだが、平成19年頃までは「日本最古の交番」だった
33 西仲通り商店街(もんじゃ通り)。三角屋根?アーケード通りは月島のシンボル
34 月島もんじゃ焼き屋。こどもの駄菓子から始まって今や東京のメイブツになったとはいえ…
35 月島三丁目児童遊園。1−1は公園として残した知恵は今思うとなかなか偉大であった
36 月島の隅田川テラス。スーパー堤防ではないようだが高い堤防が月島を守っている
37 月島の「川向こう」。堤防を階段で越えると正面に見える隅田川右岸は江戸の出島だった
38 今日の東京マラソンも月島を通る。だがもう引っ越ししたので見物できない
39 佃大橋。東京オリンピックのときに大急ぎでつくったが斜めになっているのはそのせいではない
40 旭倉庫と月島機械と。佃大橋の工事で佃の南西の堀は埋められてしまったので
41 初見橋とはどこのこと。地下鉄月島駅の上にあるムーンアイランドタワーは月島一高い
42 佃小橋。昔の四角い佃島を取り巻く堀に架かる小さな赤い橋とその下に注目
43 佃天台子育地蔵尊。なぜこんなところにこんな不可思議な空間が生まれたのだろう
44 佃煮と佃島と。そのそもそもの由来にははっきりしないことも多いのだが
45 月島の歴史=その4 佃の祭りの前に震災や空襲のこともちょっとだけ書いておかないと
46 住吉神社。全国に600もある住吉神社のひとつだが佃のはちょっとめずらしいこともある
47 住吉神社例大祭。ことしは3年に一度の祭りにあたるがあの大幟がみられるのかどうか
48 石川島と佃公園。人足寄場があった石川島は明治以降は造船基地だったがいまはその名もほとんど残っていない
49 中央大橋。レインボーブリッジと同じ日にひっそり(?)と開通したへそまがり大橋
50 佃・月島の北端の岬。隅田川を分ける先っちょから永代橋を望むと
51 消えてしまった石川島。いうなれば佃島に庇を貸して母屋をとられたかわいそうな島なの?
52 相生橋。…といえばどうしても広島を想ってしまうのだが元来はおめでたい名前なので
53 「海水館跡」って。一部では有名らしいここもかつては景勝地であったというがその面影も何もない
54 朝潮大橋と月島二丁目。日本ユニシス本社への通勤路は水門を見ながら朝潮運河を越える
55 豊洲。23区でいちばん新しい街がどんどん成長していくのを眺めるのもおもしろい
56 晴海大橋。「大橋」にもいろいろあるがこれは確かに大きいしまずほとんど人がいない場所
57 晴海トリトンスクエア。たくさんの思い出も残してくれた場所だが近年停滞気味で気になる
58 勝どき。大江戸線が90度にカーブして方向転換する上では新しい高層マンションも続々と
59 勝鬨橋。この橋を渡るときいつも頭をよぎることはたとえば1940年のこんなことなんかで…
60 月島展望。東京都中央区(2003)聖路加タワー展望室からみた月島界隈

dendenmushi.gif(2011/06/01 記)

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2011年05月27日

60 月島展望。東京都中央区(2003)聖路加タワー展望室からみた月島界隈

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 月島から隅田川をはさんで対岸に聳える、聖路加タワーの47階に、南に向いた無料の展望室があった。このタワーには、東京電力の豪華保養所もあると、どこかで読んだような気もするが、ここの広くて高い窓越しに、月島界隈が見事に一望できる。
 2003年にここから撮った写真があったので、これと現在の写真を比較して並べて見て、この短期集中連載の締めくくりにする計画であった。ここ数年の間に、たくさんの大きな建物が建っているので、おもしろい比較になるはずであった。
 ところが、なんとこの展望室が閉鎖になっていて、現在の展望写真が撮れなくなってしまった。地震とは関係がなく、去年の秋から閉鎖しているのだという。
 残念なことだ。閉鎖の理由が、落書きやいたずらやゴミなどを散らかして行く不心得者があとを経たないからだという。よけいにますます残念だ。
 ここは、もとはレストランの入り口も兼ねていたので、そんな様子はまったくなかったのだが、そういえば最近そのレストランにも行っていない。あるいはレストランがなくなって、荒廃することになったのだろうか、と思ってみるとレストランはやめたわけではなかった。
 以前のことを考えると、その閉鎖の理由は表向きで、もっと別のところにあるのではなかろうかと、思ってしまう。
 いずれにしろ、少数の不届き者のために、この世の中は簡単に後戻りしてしまう。それにしても、残念だ。
 窓の向きから、佃方面が映らないが、月島界隈で取り上げた場所は、だいたいこの範囲である。しかたがないので、2003年の写真だけで…。現在では、このエリアだけでも、ここに写っていないタワーが、8本ぐらいは増えているはずである。
 月島の南端から始めて、月島、佃、豊洲、晴海、勝どき…と回って、勝鬨橋が最後の「月島界隈」も、これでいちおう終わりです。
 このあと、番外をはさんで、また本題の『岬めぐり』に復帰します。 tukishimaT01.jpg

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dendenmushi.gif(2011/05/27 記)

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posted by でんでんむし at 05:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 月島界隈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする