
宇出津から鵜川までは国道249号線で南へ下ってきたが、鵜川からは国道から県道34号線でさらに南下する。鵜川を流れるのは鵜川ではなく山田川だが、その南に100メートルに満たない尾根が海岸まで延びている。その南に流れるのが太田川で、尾根の上を能登町と穴水町の境界線が通っている。
バスは穴水の駅を経由するものの終点はその先の病院で、こういう路線の引き方はこの頃地方では普通である。輪島でも珠洲でも穴水でも、みんな病院がバスのターミナル化している。今や「バスと病院と高齢者」というのは、全国どこでも共通の三題噺だ。

そのバスが運悪く前の席が使えない車両で、しかたなく後ろの席に移ったが、やはり横からだけで岬を確実にチェックするのは問題があった。横窓ではどうしても反射の映り込みが避けられないし、それだけだと見えない角度もある。
そのことは過去の経験から事前にわかっていたことで、この線を通るにあたっては計画の段階から、ああでもないこうでもないと検討をしていた。
県道34号線は南に向いて大きく出っ張っている海岸線を走るので、宇出津から穴水へ向かう上り線は左手に海を見ながら走るが、下り線だと右側になり、運転席横からの眺めも少し不自由になる。そう考えて、わざわざ上り線が使えるように全体計画を能登半島時計回りにしたのだ。
しかし、横窓が下のほうに少ししか開いていない妙ちきりんな設計(横の行き先表示窓をつけたためだが、窓をつぶさなくても方法はあろう)のこのバスのおかげで、その苦心も意味をなさなくなってしまったわけだ。おまけに遅れたし…。
北陸鉄道の穴水宇出津B線というこのバス路線は、国道沿いを通るC線よりもうんと遠回りになる。

地理院地図の1000メートルと2キロ縮尺の表示で見ると、国道と町境界から南側はほとんど真っ白である。だからといってなんにもないわけではない。これはこの白い部分では標高が100メートル以下であることを示していて、低い丘陵が思い思いの勝手な姿で連なっている。
海岸線も一見すると普通だが、いくつもの細かい入江と岬が、結構複雑に小さくデコボコしている。この竜燈崎から西の神明ヶ鼻まで、以下15もの岬がある。
▲竜燈崎 りゅうとうざき 穴水町前波
▲弁天崎 べんてんざき 穴水町前波
▲恵比須崎 えびすざき 穴水町沖波
▲火打崎 ひうちざき 穴水町曽良
▲宗崎 むねざき 穴水町曽良
▲袖崎 そでざき 穴水町曽良
▲カガタ鼻 かがたはな 穴水町鹿波
▲森ヶ鼻 もりがはな 穴水町鹿波
▲カマエ鼻 かまえはな 穴水町旭ヶ丘
▲牛ヶ鼻 うしがはな 穴水町岩車
▲椿崎 つばきざき 穴水町岩車
▲立木鼻 たちぎはな 穴水町岩車
▲神社崎 じんじゃざき 穴水町岩車
▲野々木鼻 ののぎはな 穴水町岩車
▲神明ヶ鼻 しんめいがはな 穴水町中居南
並べてみると、この付近では「崎」と「鼻」が半々である。「崎」の読み方は「さき」と「ざき」とあり、ここでは濁るほうばかりだが、どちらの読みになるかは、前の読み方を受けて自然に定着するものだろうか。「橋」も同じだが、東京の新橋は「ばし」でも、大阪の鶴橋は「はし」である。このあたり、日本語の不思議さでもある。
同様に、「鼻」も「はな」と「ばな」に分かれるのだろう。声に出して読んでみれば、「崎」とは逆にここでは「鼻」はどれも濁らないほうが自然な読みだろう。
所在地が同じということは、それらの間隔も詰まっているので、扱いがむずかしい。難所である。
この前波の竜燈崎と次の弁天崎も、600メートルと離れていない。

宇加川という小さな集落を過ぎると、竜燈崎のある前波の漁港が見えてくる。河口を利用して、防波堤を築いた左岸に岬名表記があるが、おそらく岬そのものは築港でコンクリートの防波堤に一体化してしまったものだろう。

その先の弁天崎は、これも護岸工事でひとつになった岩礁と岩島の先につけられているが、先端にはなにか釣りデッキのような構築物が突き出している。竜燈崎とともに、太公望には知られている場所なのかも知れない。

▼国土地理院 「地理院地図」
37度13分10.68秒 137度4分6.28秒 37度12分53.21秒 137度3分57.94秒




ラベル:石川県