831 牧崎=下関市豊北町大字角島(山口県)故里をとおくはなれて思うかな夢さきの波牧さきの風

牧崎は、これも灯台からの遠望と、島の中央付近を走るバスの車窓からわずかにとらえたものに限られる。遠望ははるかにうっすらとかすんでいる。そのまた、はるか遠くには、川尻岬のある向津具半島か油谷島があるはずである。
島の北端で、細く小さい半島が飛び出している、その先端が牧崎なのだが、ここも実際に歩いてみないとそのよさがわかるまい。

見知らぬ初めての土地に来て、まったくそれまで知らなかったことに遭遇するのも、旅の楽しさのひとつであろう。これまた当然と言えば当然なのだが、そのなかに名前も知らなかった文学者や詩人や歌人や俳人などがあって、その碑やら記念館があったりすることも少なくない。
それもまた、なんとなく人間と故郷というものについて、想像を膨らませてくれる。

どんなに有名になってもならなくても、故郷を捨てあるいは出て東京へ行って、成功してもしなくても、結局最後に帰るところは故郷なのだ。
プロレタリア作家といわれる分野に、中本たか子という人がいて、彼女がこの角島出身なのだそうである。
故里を とおくはなれて 思うかな 夢さきの波 牧さきの風
これは、その人の歌であるという。単なる偏見なのだろうが、プロレタリア作家らしからぬ素朴で素直で平凡といってもいい歌だと思う。
だが、だからこそ誰にでも共通する故郷への思いを、仮託して理解することが容易なのである。

ここには、角島の4つの岬のうち、西の夢ヶ崎と北の牧崎と、ふたつの岬が織り込まれている。
角島をナビゲートするあるサイトを見ると、「…という歌より、角島の夢崎と牧崎の地名が命名されています。」とあった。だが、これはちょっとおかしいだろう。

というのも、角島では奈良時代からの古い歴史をもつ牧(牧場)があり、このふたつの岬も放牧場だったといわれているからだ。
夢ヶ崎はともかく、牧崎のほうの名は、明らかにそれを由来とする岬の名であり、プロレタリア作家の歌から夢崎と牧崎の地名が命名されたというのは、大いなる誤解であろう。

それはともかくとして、現在ある角島の“見どころポイント”として、「夢崎波の公園」と「牧崎風の公園」が名付けられているのは、ほかならぬこの歌が生んだものであろう。夢崎=波、牧崎=風、というイメージのオリジナリティは、この歌が提供したものに違いないからだ。
中本たか子の生家も、この道からさらに北に入って行ったところにあるらしい。だが、バスはメインの道路からはみ出すことなく、一路来た道を戻って、角島大橋に向かう。

想像するに、このメイン道路以外は、島の道路はいずれも狭いので、大型の観光バスが入るのはむずかしいのだろう。
橋を渡ったバスは、山陰本線の阿川駅を目指して走る。これまでの休憩や観光は、阿川駅に着く時間を調節するために計られていたのだ。
▼国土地理院 「地理院地図」
34度22分21.65秒 130度52分1.41秒




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