岬のありようもまたさまざまではあるが、ちょっと離れて遠くから見たほうが岬らしい岬と、その岬の上に立ってそのよさがよくわかるという岬とに分けることもできそうである。大崎も、そしてこの和田岬も、前者であった。
そして、和田岬は山と海との間に、岩の渚が帯のように縁取られいるのがきれいだ。




和田岬も大きな単独の出っ張りで、その上は広場になっている。どういう計画があるのか、岬の東側だけ園地の渕に自生していた木々が多く切り取られている。東に位置するのは湯の児という温泉地であるので、おそらくはここまで散策の足を延ばす客のために、展望をよくしようという魂胆なのであろう。だが、それにしては、仕事のやりかけで投げ出したような感じで、展望も中途半端である。


大崎から少し行ったところから眺める和田岬の眺めが、なかなかいいのだが、ちょうどそこに二つの石碑が並んで建っている。ひとつは御所浦町が平成12年に建てた金文字の「感謝の碑」で、水俣から御所浦まで約13キロの海底送水管を敷設して通水したということがあったらしい。それに対する御所浦の感謝なのだ。平成12年といえば、そう昔のことでもないのに、今の地図でいくら探しても御所浦という地名が見当たらない。13キロ北というと佐敷のあたりかと思われるが、例によって合併で消えた町なのだろう。(後で調べてみたら、合併で消えたことは確かだが、北ではなく北北西方向の天草の島だった! シマった。)
そういえば、この金文字だが、なんとなく違和感があるが、熊本もこの地方では墓石の文字も金文字で、 これはごく普通のことらしい。

もうひとつの石碑は、日本さくらの会が平成2年に建てた「さくら名所100選の地」というものである。それによると、ここは“水俣チェリーライン”というのだそうだ。確かに、ここから和田岬までの海岸の上を走る道路は、サクラの木々で埋められている。これが、その道の一部。


道路といっても、そう広くない山の斜面にとりついた道で、さすがにこんなところまで入ってくる車も少なく、静かな木漏れ日を浴びながら、ゆっくりと走ったり歩いたりするのに最適の道である。
サクラはまだ花がいくらか残っている木も多かったが、ほんとうにサクラの咲いたときに来てみれば、青い海に落ちる緑の山に、太い筆でピンクの線を、さぁ〜っと一はけ引いたような感じに見えるのだろう、と想像してみた。
▼国土地理院 「地理院地図」
32度14分4.83秒 130度24分10.39秒

ラベル:熊本県


石碑の金文字は意外で違和感があります。こういう習慣(センス)は大陸文化の影響じゃないでしょうか。
たしかに美しい景色ですね。九州に行ったことがないのだから当然ですが、西の隅っこはこんなところなのかと、外国に日本的光景を見るような気分です。
あの 名曲を聴きながら・・・。
金文字はね、やはり習慣の違いというか、文化の違いというか、そういうものを感じますね。墓石で見ると、ぎょっとしますが、それはわれわれ他所者の感覚に過ぎないのであって…。
また、山本コータローの歌についても、145と220で書いています。
…といわれても、探すの大変ですよね。それがSo-netの欠点だと言っているのですが、一向に改善されない。
左の「記事検索」で探すしかないんですね。たとえば、「コータロー」で探すと2件出てくるので、そのタイトルをクリックすると全文が表示されるしくみです。