120 長這岬=賀茂郡南伊豆町子浦(静岡県)乾くことなき臨海学校の思い出
南伊豆町は、伊豆半島の南端で、波勝崎から弓ヶ浜までの長い海岸線をもっている。その入江と岬がつくるデコボコに港があったり、砂浜があったり、断崖絶壁があったりするわけだが、子浦もそうした港をもつ集落のひとつである。
ここは、ちょうど巾着のように入口が狭くてその奥の入江が膨らむような形になっている、いわゆる“天然の良港”の見本のような地形になっており、もうひとつ妻良という子浦よりも大きな集落も抱え込んだ、妻良湾を形成している。
北側の子浦の側は、丸山トンネルという隧道をのみこんだ尾根がせりだし、南の妻良側にはその名も“二十六夜山”という風雅な謂れでもありそうな山が、南風をおさえている。
その名も「Blue in Green」という宿は、子浦の漁港からは北西の山の上で、海の青も山の緑も楽しめるロケーションにある。西側には波勝崎のとんがった山と宇留井島が見え、反対側からは大きな木々の間から、子浦の湾が見下ろすことができる。
波勝崎からここまでは、直線距離にして5キロはゆうにあるので、これはやはり車でないとちょっとしんどいが、バスの便はお世辞にもよいとはいえない。伊浜にしても子浦にしても、このあたりに住んでいる人で、バスを当てにしているのは、通学のこどもか年寄くらいしかないのだろう。
妻良湾の子浦側に出っ張っている岬には、長這岬という名がついている。山の上からは見にくいし、浜に降りても堤防の向こうになってしまうが、ほかにも四つもの出っ張りが並んであるのに、どうしてこの岬だけに名前がついているのだろうか。
それは、岬めぐりでは行く先々(崎岬)で、直面する疑問だが、こればかりはどう考えても明確に答えを求めることはできないので、もう疑問に思わないことにしている。
漁港としても、子浦より妻良のほうがメインのようで、こちらはむしろ海水浴場のほうが有名らしい浜である。両側を岬に囲まれて、入江の海は鏡のようにおだやかである。
そういえば、宿の主人が話してくれたことだが、勝海舟らの船も、この湾に何度か投錨したという。でんでんむしのお散歩・お食事コースにある勝鬨橋は、海舟が主宰した幕府の軍艦操練場があったところだ。築地と大坂や長崎を往来するとき、当時の航海技術と船舶では、石廊崎を回り込むのもそれなりの苦労があったのだろう。その前後には、下田とここに入港して備えたのは海舟ばかりではなく、普通の航路だったのだろう。
浜まで降りてくる途中に、“臨海学校”という看板のある建物があった。海岸の駐車場には貸し切りバスが一台停まっていて、見るからに添乗員という女の人がいる。みるとそこにはでっかい歓迎看板があり、名前をさしかえられるようになっている。その日は、長野県の中学校の名前が入れてあった。
バスが来るまで、小さな集落の間を歩いていると、いきなり四五人の中学生が現われた。どうやら、さっきのバスはこの子たちを待っていたものか。
南伊豆町は、長野県のように海をもたない県のこどもたちの臨海学校を、積極的に受け入れているようで、ここ子浦もその拠点であるらしい。
臨海学校の思い出…。それはきっと、誰にもあるだろう。それらは、はじめて海を見た感想だとか、苦労して泳げるようになった感激だとか、あるいは挫折の記念碑かもしれないが、そういったみずみずしい記憶が乾くことはないのだろう。
遠く信州からやってきたこどもたちは、どんな海の記憶を溜めて帰ったのだろうか。
34度40分1.37秒 138度46分57.91秒


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