097 天道岬・大ヶ岬=勝浦市興津・守谷(千葉県)人はどこでも暮らせないか
トンネルを抜け、峠を越え、だらだらと降りたところが、上総興津であった。途中、小学校があり、中学校があり、そのあたりからだんだん民家が密集した結構な町並みになり、海岸に沿って広がっている。大きな漁港が中心というわけでもなく、周りは山なので畑があるようにも見えない。古い立派な家をもつ、このあたりの人は、主にどんな仕事で生計を立てているのだろうかと、またいつものおせっかいぐせが頭をもたげてくる。
地方を歩いていると、人はどんなところでも暮らしていけるのだ、という安心感を与えてもらうことが多い。住めば都というじゃないか。
ところが、近年ではそういう安心感を得られることが少なくなってきて、だんだんと「地方と地域」が個性とともに活力を失い、若者がいなくなり、年寄ばかりが残されて徐々に崩壊していくのではないか、という不安感の方が大きくなっている。これはなにもこの町のことをいっているわけではなく、また具体的に事例を検証してのことではなく、単に総体的にそういう印象を受けるというだけなのだが…。
興津の海岸のほとんどは、海水浴場ということになっている。だが、海水浴場では生活はできまい。漁港は海岸の東の端、天道岬のそばにあるが、そう大規模ではない。駅前の大通りに面した古い店構えには錆びかけたシャッターが下りたままだ。この町の出身だという政治家が行川アイランドをつくろうとし実際につくったのにも、それなりの現状把握と理想もあったに相違ない。けれども、その方法とプランはこの地域に効用をもたらさず、問題は依然として残されているようだ。
天道岬は、小さいくせに岬で、しかも“天の道”というたいそうな名前をもっているが、西に見える大きな出っ張りには、名前もついていない。
この海岸へきてみて、いちばん印象に残るのは、ぐるりと張り巡らされた青い防砂ネットである。これには、いきなりだとちょっと驚かされるくらい異様でもあるが、なるほどこの海岸の砂は、まことにきめ細かい。堤防のコンクリートの階段に残された靴の跡もはっきりくっきりと印される。
防砂ネットといえば、竹囲いのようなものはよく目にすることもある。ところが、ここのはアルミかなにかの枠でできた半恒久的な構築物なのである。それにしても、この色は…。
駅で、勝浦へ行く電車を待っていると、中学生がぞろぞろとやってきた。卒業式が終わったところらしく、紙筒やリボンなどをもっている。この子たちも、やがてこの町を後にして出て行くのだろう。おそらく…。
大ヶ岬というのは、東隣の守谷海水浴場を囲むようにしてあるが、ここの写真は外房線の車窓から撮ったものである。
▼国土地理院 「地理院地図」
35度8分3.16秒 140度15分10.45秒 35度8分3.54秒 140度15分45.67秒関東地方(2007/03/13 訪問)
この記事へのコメント